夜になるまえに

本の話をするところ。

「衣裳戸棚の女」が極私的密室殺人ベスト1である理由。

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 あなたは密室殺人がお好きでしょうか? お好きでしょうね。

 たとえば鍵のかかった部屋で、たとえば足跡のない雪の中で、他殺体としか思えない死体が発見される。誰がどうやって殺したのか?

 いいですね。最高ですね。これぞミステリ! ですね。では教えて下さい。あなたが選ぶ密室殺人もののベスト1は何ですか?

 私の場合、不動の1位は「衣裳戸棚の女」である。

 なぜか。それを語るには、まず私が苦手なタイプの密室殺人ものあるあるを語らねばならない。

 私が苦手なタイプ。ずばり、それは「機械トリック」。鍵穴に針と糸を通して、あーやってこーやったら、はい鍵が部屋の中に入りましたよー、という、アレである。

 一生懸命機械トリックを考えた先人たちが悪い、のでは、もちろんない。私がいけないのだ。私が機械とかがぜんぜんわからないのが悪い。どうしても「糸をここにこうしてああしたらそうなって」っていうのが思い描けず、だからそういう系のトリックが出てくると「くうう……なぜそうなるのかわからない……わからないけどきっとそうなんだ……だって〇〇先生がそう言っているのだから……」と自分を無理矢理納得させるしかないのだった。

 もう一つ、できれば避けたいのが、「どこかで見たことあるなあ系」。これも、全然トリック自体が悪いわけではない。むしろ、「古典的名作のアレに出てきたトリックをあの手この手でアレンジしている……さすがだ……」などと思いながら読むのだけれども、「似たものをどこかで読んだ」という点がどうしてもマイナスになってしまう。密室殺人というミステリーの中のミステリーを読むのだから、これまでにまったく見たことのないものを見せてほしい、というわがままな心理がはたらくらしい。

反対に好きなのは、頭の中ではっきり思い描けるトリック。たとえば「曲がった蝶番」(一種の密室殺人と言ってもいいと思う)。これはたった一言で明かされる真相が頭に焼き付いて離れない名作だった。それから「どこかで見たことあるなあ系」の逆を行く、「そんなの聞いたことないよ系」。おわかりだろうか。つまり、「ローウェル城の密室」であり、「巫女の館の密室」である(わかる人、うんうんとうなずいてください)。

 さて、では「衣裳戸棚の女」はどうか。

 クリアしている。もう、この二つを完璧にクリアしている。

まず、頭の中ではっきり思い描けるか? という点。この本の場合、真相は機械トリックの真逆を行くわかりやすさだ。読んでからかなりの時間が経過しているのにもかかわらず、今でも「何がどうなってああなったのか」をはっきりと思い描くことができるし、真相を明らかにする一言も完璧に覚えている(だって短いから)。謎の解決まで完全に隠されていたその真相が、読み返すと、それに至るまでの場面のとてもさりげない一文でさらりと触れられているのに唸った思い出も未だ鮮明である。

そしてこの本、正に「そんなの聞いたことないよ系」である。はじめて読んだ時、こんな密室殺人ものは読んだことがないと思った。今もそう。これと似た話なんて未だに聞いたことがない(あるぞ! と思っても教えないでほしい。ネタバレになるから)。真相を読んだ時の気持ちを表すなら、「サッカーをやってるつもりでいたら、いきなり巴投げされたぜ!」とでもなるだろうか。ミステリーのファンなら誰しも多少なりともそういうところがあると思うが、私も常に驚きを求めている。この欲求は、たとえば野球をしていて200キロの速球を投げるピッチャーに遭遇したくらいでは満たされないのである。卓球をしていたら腕挫十字固めをしかけてほしいし、水泳をしていたらいきなり竹刀で打ちかかってきてほしい。「ええええそっちなの?」という驚きがほしい、そんな難儀な欲求を、この本は満たしてくれたのだ。

つまり、「衣裳戸棚の女」は私が好きな密室殺人のツボを二つとも完璧に押さえているという、なかなかない一冊なのである。だからこその極私的密室殺人ベスト1なのだ。

わかりやすいから誰でも読める、でも他のどの密室殺人ものとも似ていないから、密室殺人ものをある程度読んでいる人にもすすめられる、私の密室殺人ベスト1は私以外の人もきっと楽しませてくれるはずなのである。この本がもっと有名になっていろいろな人をびっくりさせてくれることを願っている。

 

コメントなどで皆さんの私的密室殺人ベストをネタバレなしで教えてくれたらうれしいな…などと思います。

 

紙の本はこちら↓

honto.jp

電子書籍はないもよう。

 

その他言及した書籍↓

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www.amazon.co.jp

→残念ながら品切れ状態で古書価格もかなり高し。

 

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→かなり前の本だから…と思ったが単行本なら在庫があるようす。