夜になるまえに

本の話をするところ。

はじめにことばありき「皆勤の徒」

 閨胞?搾門?隷重類?(けいぼう、さくもん、れいちょうるい、と読む)第二回創元SF短編賞を受賞した表題作「皆勤の徒」第一章の最初の一ページから、読む人は未知の言葉に出くわす。これは私が知らないだけで実在する言葉なのか、それとも作者による造語なのか? 気になって念のため辞書で検索してみたが(もちろん)ヒットしない。これらは著者、酉島伝法による造語であり、そして最初の一ページでこれなので想像がつくだろうが、著者による造語は三つでは終わらない。本編三八五ページ中に一つも造語が登場しないページが一ページでもあるだろうか、というほどの数の見知らぬ単語が読者を襲う。
特にファンタジーやSFによく見られる、作者による造語の処理の仕方は、大きく分けて二つに分かれると思う。一つは用語辞典を巻末につけたり、または本文中で「○○とはこれこれこういうもので…」という文章を挿入することで「○○とは何なのか」を説明するやりかた。もう一つは何の説明もなく「看板」「包帯」「爬虫類」といった、造語ではない語彙とまったく同じように用いて、話が進むうちに「ああ○○ってこういうものなんだな」と読者に納得させるやりかた。本書の著者酉島伝法が採用したのは後者である。閨胞を、搾門を、隷重類を、あらかじめ私たちが知っているていで物語は語られ、読み進めるうちに私たちは、たしかに知らなかったはずの閨胞を、搾門を、隷重類を、辞書に載っているような明確な意味はわからなくとも、イメージできるようになっていく。そうして見えるのは、「いま・ここ」とは少しも似ていないように思える、正に異世界と呼ぶにふさわしい世界だ。この本から造語を取り払おう。辞書に載っている単語だけで、同じ物語を同じように語ってみよう。そんなことは不可能だ。「はじめにことばありき」とは聖書の言葉だが、この異形の小説の創作過程にも当てはまるのではと想像する。これらの未知の言葉の数々が、小説の、世界の成り立ちとわかちがたく結びついている。これはそんな稀有な小説であり、世界である。

 

※ちなみに、ただの自慢だが、筆者はあて名書きつきの「皆勤の徒」サイン本を所有している。

 

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